大判例

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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)263号 判決

本籍

東京都台東区元浅草四丁目三番地三

住居

同都台東区元浅草四丁目一〇番九号

会社役員

山﨑文藏

大正九年四月五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金九〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都台東区元浅草四丁目一〇番九号において法衣商を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上及び預貯金の利子収入を除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ

第一  昭和五六年分の実際総所得金額が一億二六六七万六四四七円あつた(別紙一の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和五七年三月一五日、東京都台東区蔵前二丁目八番一二号所在の所轄浅草税務署において、同税務署長に対し、同五六年分の総所得金額が三一五六万七六二三円でこれに対する所得税額が一二九九万八九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六二年押第三七六号の1)を提出し、そのまま法定の納付期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額七四六七万八四〇〇円と右申告税額との差額六一六七万九五〇〇円(別紙二の(1)脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和五七年分の実際総所得金額が二億五一五三万二九〇四円あった(別紙一の(2)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和五八年三月一二日、前記浅草税務署において、同税務署長に対し、昭和五七年分の総所得金額が三五五一万一五五七円でこれに対する所得税額が一五三四万六六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定の納付期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額一億六八一一万四九〇〇円と右申告税額との差額一億五二七六万八三〇〇円(別紙二の(2)脱税額計算書参照)を免れ

第三  昭和五八年分の実際総所得金額が一億七七四〇万一二七七円で、分離課税による短期譲渡所得金額が一二一万七四七四円であった(別紙一の(3)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和五九年三月一五日、前記浅草税務署において、同税務署長に対し、昭和五八年分の総所得金額が三九三三万五一八一円で、分離課税による短期譲渡所得金額が一二一万七四七四円で、これに対する所得税額が一八一一万一六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の(3))を提出し、そのまま法定の納付期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億一五六八万三三〇〇円と右申告税額との差額九七五七万一七〇〇円(別紙二の(3) 脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の

(1)  当公判廷における供述

(2)  大蔵事務官(一通)、検察官(五通)に対する各供述調書

一  中嶋達雄、山﨑喜代子(二通)の検察官に対する各供述調書

一  愛場みち子の大蔵事務官に対する供述調書

一  収税官吏作成の次の調査書(とくに別紙修正損益計算書の各勘定科目ごとの当期増減金額の内容について)

(1)  売上金額調査書

(2)  仕入金額調査書

(3)  減価償却費調査書

(4)  給料賃金調査書

(5)  価格変動準備金繰戻金額調査書

(6)  価格変動準備金繰入額調査書

(7)  専従者給与調査書

(8)  青色申告控除額調査書

(9)  事業専従者控除額調査書

(10)  記念事業売上調査書

(11)  記念事業経費調査書

(12)  収入金額(不動産)調査書

(13)  租税公課(不動産)調査書

(14)  利子所得調査書

(15)  総合短期譲渡収入金額調査書(判示第一の事実)

(16)  総合短期譲渡原価調査書(判示第一の事実)

(17)  定額郵便貯金調査書

(18)  貸付信託調査書

(19)  割引債券調査書

(20)  源泉徴収税額調査書

一  浅草税務署長作成の証明書

判示第一の事実につき

一  押収してある56年分の所得税の確定申告書及び「財産および債務の明細書」一袋(昭和六二年押第三七六号の1)、同56年分所得税青色申告決算書(同押号の4)

判示第二の事実につき

一  押収してある57年分の所得税の確定申告書及び「財産および債務の明細書」一袋(同押号の2)、同57年分所得税青色申告決算書(同押号の5)

判示第三の事実につき

一  押収してある58年分の所得税の確定申告書等一袋(同押号の3)、同58年分所得税青色申告決算書(同押号の6)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、情状により同条二項を適用したうえ懲役刑と罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪について定めた罰金の合算額の範囲内において処断すべく、後記理由により被告人を懲役二年及び罰金九〇〇〇万円に処し、同法一八条により被告人において右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、同法二五条一項により被告人に対しこの裁判の確定した日から三年間右懲役の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、台東区元浅草で袈裟・衣等の法衣商を営んでいた被告人が、その一般売上及び真言宗豊山派が昭和五九年に挙行する「弘法大師一一五〇年御遠忌記念事業」で僧侶が着用する法衣の売上金の一部を除外し、また、預貯金の利子収入を除外するなどの方法により所得を秘匿して三年間にわたり合計三億一二〇〇万円余りの所得税を脱税した事案であって、そのほ脱金額は巨額であるうえ、税ほ脱率も通算で八七パーセントを超える高率であり、その犯行動機は、老後に備え、子供に資産を残すためとか、木造の店舗・住宅をビルに建て替えたいなどというものではあるが、その本質は金銭に対する自己の欲求からでたもので、納税意識は乏しく、右犯行動機を特段有利な事情として斟酌するわけにはいかず、さらに、右秘匿した金銭については仮名の預貯金を設定し、いわゆるグリーンカード制度実施の動きを知るや定額郵便貯金などを順次解約して割引債券を購入するなどして税務当局に所得を把握されないような方策を講じていたものでその犯行の手段態様は計画的かつ巧妙であり、犯情は悪質といわざるをえず、本件の罪質を併せ考えると被告人の刑責は非常に重いというべきである。しかしながら、その所得の性質自体は被告人の法衣製作の技術を駆使した労苦の結果であったり、定額郵便貯金利子などであって、特段非難すべきものではないこと、被告人は、本件について国税局の査察を受けた後は犯行を認め、脱税の結果についても修正申告のうえ、本税・附帯税のすべてを完納し、事業についてもこれを法人成りさせ、経理処理を明確にして再過なきを誓つているほか、自己の所得を社会に還元すべく、地元の台東区役所に心身障害者施設のための基金として五〇〇〇万円を、日本赤十字社に事業資金として五〇〇〇万円をそれぞれ寄付するなどして改悛の情を示していることや、被告人の年齢、家庭の事情など被告人のために有利または同情すべき事情が認められる。

以上のような本件犯行の動機、態様、結果、罪質、被告人の身上、反省状況、家庭の事情等、諸般の情状を総合勘案し、被告人に対しては、主文掲記の刑を量定し、相当期間懲役刑の執行を猶予するのが相当であると認められる。

(求刑 懲役二年及び罰金一億円)

よって、主文のとおり判決する。

検察官井上經敏、同千田恵介、弁護人葛西宏安各出席

(裁判官 中野久利)

別紙一の(1)

修正損益計算書

山崎文藏

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

〈省略〉

別紙一の(2)

修正損益計算書

山崎文藏

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

〈省略〉

別紙一の(3)

修正損益計算書

山崎文藏

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

〈省略〉

別紙二の(1)

脱税額計算書

56年分

〈省略〉

別紙二の(2)

57年分

〈省略〉

別紙二の(3)

脱税額計算書

58年分

〈省略〉

〈省略〉

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